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大学は何を教える。大学に行って何を学ぶ?

7月28日朝のNHKニュースで、ある大学で退学者が続出し経営が悪化しているとうニュースがありました。

その大学は、入学者に対して途中で退学する者が約3割になるそうです。
そしてその対策を披露しておりました。

?学生の居場所を作る。これまで学生が自由に集まれる場所がなかった。

?カリキュラムを学生主導(学ぶスピード合わせる)にする。
 大学に来るのが楽しくなるための授業を進める。

?先生が授業をする際、今の若者の言葉を使用し内容の理解を広める。



一見、良い対策のように思いますが、いずれこの大学は無くなることでしょう。
それは・・・


?大学が何を学生に伝えていくか、その誇りと自信を感じない。


?先生が教える側としての誇りを持っていない。
「社会に出れば学生言葉は通用しない。」


?経営主体で、学生がお客さんになって仕舞い教育の本文を忘却している。


上記思い当たる事由により、今後入学してくる学生はもっと意志の弱い学生が入学し、悪循環を起こして大学の学風は余計さびれていく。

よって、その大学の存在意義そのものが社会から問われるのは時間の問題に思います。


少子化に向けて、大学だけでなく私立を含めた教育機関【学校】を運営していくことは大変なことだと思いますが、教育機関はその施設、利便性などで教育が成り立つのではなく、あくまでも先生と生徒、教授と学生が校風をつくりあげるのではないでしょうか。


その結果、卒業生は母校に誇りを感じ、近隣の人達はその大学を誇りに思い、近隣に住む進学を控えた子供のいる親は自分の子供をその大学に入れるよう促すのではないでしょうか。


人の教育もしなければ例え資金を投入しても運営が悪化するのは必然のように思います。


日本の著名・有名な大学は沢山ありますが、はたして大学創設の趣旨に沿った心ある教育を行っている大学はどれくらいあるのかと思うと嘆かずにはいられません。

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日の丸

役所、病院など公共施設で日の丸を掲げているところは多いですが、今日は残念な日の丸を見ました。

それは、とある貸しボート屋さんで、風向きと風の強さを表す旗(流しのようなもの)の隣に日の丸が揚がっていたのですが、白地に赤ではなくグレー地にどす黒い赤でした。
ものすごい汚れてそんな色になってしまっても日の丸をあげているなんて。

なんだか悲しくなりました。外人の観光客が見た時に、なんだこの国はと思われるのも時間の問題のように思います。

visit japanキャンペーンを政府がやっても、日本人が恥をかくだけ。

とある国では、国旗を粗末にすると罰せられるようです。

兵法その3「最強の陣形」

孫子曰く、「最強の陣形とは、水の如し」
これは、何を意味するものか?
とかく、生兵法学者は「陣形」を覚える事が学問だと思いがちだ。しかしながら、この言葉を残した孫子は本当の意味での陣形を知っているといえる。
水は如何様にも形を変える事ができる。よって、変幻自在に変えられる兵を教育し、また、それを用いる事を意としている。

さて、我々は現代に置き換えたとき、常に経営であるならばマネジメントの仕組み方法、営業であるならば営業のやり方、等 形にこだわってしまってないか?

人間も常に「水の如し」で生きるのが最善ではないか?「あの人と会うから、こう答えよう。。あの人は苦手だからだまっていよう。。」等、それは陣形を考えているのではないか?

水の如しとは=常に誠 をもって生きていれば如何様にも相手によって変幻自在に対応できるのではないか?

自分自身で考えてみよう。

誠心館 館員心得と綱領

遅くなりましたが、ホームページに心の学問塾・誠心館の館員心得と綱領をアップしました。

館員心得

一、 秩序・節度・礼節を重んじ、個々の人格を敬うべき事

一、 人の道を重んじ、己のが誠心の育成に努むべき事

一、 平等の淵源を重んじ、自ら努力することをおしまぬ事

右三訓を似て我等は誠心館々員と成す


綱領

一、 誠心館は、確固たる人生指標を築かん志有る青年諸氏をもって集うものである。

一、 誠心館は、館員に三訓の心得を似てその存在を成さしむものである。

一、 誠心館は、知を得、見を磨き、胆を備うことを活動の本文とするものである。

右綱領をもって誠心館に集う我等は、真の日本人たる人格を形成し、初志の達成を果たすことをここに期するものである。

先祖と日露戦争

私の父方の先祖は山形県の出身です。

生まれてこのかた、2度ほどしか山形へ行ったことがありません。

広大な田んぼにところどころ防風林があり、防風林の中には民家がかたまっております。

そんなほのぼのとした所が、私の先祖がいたところです。


日露戦争時、国難を迎えた日本は上下貧富の差がなく国難に向かっていったそうです。
私の先祖の一人は乃木大将のもと、かの203高地へ進撃したそうです。

多くの戦死者を出した日本軍でありましたが、この国が当時のロシアに蹂躙されずに済んだのはこれら日本の為に戦って頂いた私達の先祖のお陰であると思っております。


自分の先祖の生き様をたどることは、終戦後文化の途切れた私たち日本人には難しいかもしれませんがまだ、おじいちゃん・おばあちゃんが生きている家であれば、昔のことを聞くと、自分達が知らない困難や思いが聞けるのかもしれません。


今の時代は目先だけで動いて、遠くを見通している方が少ないように思います。
といっても私も目先しか見えない時が殆どですが…

何か心に伝わることを多く残せれば、自分達だけでなくこれから若い人たちにも受け継いでもらえるのではないかと思います。

天才と脳内の活動

今日NHKの朝の番組で、「天才の脳がどのような活動をするか」というテーマでその概略が放送されてました。


天才の一人・18歳で最優秀棋士賞を受賞した羽生善治名人とアマチュア棋士の脳の活動の違いを分析してました。


詰将棋の問題と答えを1秒間だけ見せた時の脳の活動を追っていると、人間の習慣をつかさどる脳の部分がアマチュア棋士はまったく活動してませんでしたが、羽生名人の脳は習慣をつかさどる脳の活動が見られたとのことです。


自分が目指すべき方向を習慣にできるよう心がけると、天才ではなく目指すべき方向に行けるのではないかと思いました。


【どうしたら人間はその一生を最良のものにすることができるか。ある経験をできるだけ広く意識化するこである】
アンドレ・マルロー「希望」

水戸黄門の影響〜八兵衛じゃなくてよかった〜

たいしたお付き合いもない隣人さん。
先日妻がたまたま道で、生まれたばかりの赤子を連れた隣人さんにお会いしたそうだ。

「名前はもう付けられたのですか?」と妻。

「えっ? ええ…」と下を向く隣人さん。

何だか要領を得ないので、名前を聞いたそうだ。




「『弥七(やしち)』です……。」


夜、妻とそんな話しになり、二人で大爆笑。(馬鹿にしている訳じゃなく、笑いがこみあげた)
そんな中、昼間、六歳になる息子にも「隣の赤ちゃん、やしち君って言うんだって、かわいいねぇ」と
伝えたそうで……すると……


「えっ! カッコイイじゃん!!!」




私達大人が連想するその名前は、あくまで『水戸黄門』のそれであって、
それ以上でも、それ以下でもないように思います。
『風車の弥七』。
つまり昔ながらの時代劇から名前を拝借した事実を受け、その心意気を判断する訳です。

ところが幼児には、その判断基準である『記憶』や『知識』『経験』はない訳なので、
素の言葉の響きに対して反応するのです。

ありのまま、感じたまま、純粋に。


この日常の一コマより、学べる事があったように思えました。

掘り下げて考えたならば、私達の判断基準とは何から養われたのか、
それは正しいものなのか、摩り込まれてしまったものなのか。
疑問を持たずにはいられません。

真実とは何か?



余談ですが、先日家族で遠出をする機会があり、
歌手『平井堅』が美空ひばりから、ビリー・ジョエルまで幅広くカバーした買ったばかりのアルバムCDを、
道中聴くことにしました。
全て聴き終わる前に、息子は5曲目の中島みゆきの『わかれうた』のカバーを偉く気に入り、
曲が終わると即リピートを求める息子。


道中ずーーーーーーと『わかれうた』。

高速時速100Kmで『わかれうた』。

意味も分かってないくせに『わかれうた』。


子供の純粋無垢な反応にあらためて驚愕させられた日でした。
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