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人にはそれぞれ心があり、その心は人によって違う


人にはそれぞれ心があり、その心は人によって違う


人の心は目に見えません。



また、他人が心に何を思っているのか知ろうとすれば知ることが難しくなるように思えます。



富士山を見て、「綺麗だ」「雄大だ」「大きい」「心が休まる」などなど



同じ富士山を見ても、人によって「感じ方・思い方」はそれぞれです。



しかし、心に思ったり、感じたりすることに理屈はないと思います。


そこに無理をして理屈をつけようとするとかえって自分の心を否定してしまうことになるではないかと危惧しております。


「喜怒哀楽」
【辞書】喜びと怒り、悲しみと楽しみ。人間のさまざまな感情。



人を悲しませたり、怒らせたりすることは良くないのですが、若いうちに感情を抑え込んでしまうと自然と自分の心のありようが分からなくなって仕舞うのではないでしょうか?



特に最近の若い人とお話をさせて頂くと、この傾向にあるように思えてなりません。



何らかの苦労(苦い経験)をした中で、自分の心を養うために己の感情を受け止め、それをすぐに出さずに、相手に合わせて表現することと

相手と距離を保つため(心を知られたくないため)に、自分の感情を抑え込み表現することとは大きく差があるのではないでしょうか?



東日本大震災で被災された方々の中で、



「ここで生きていくしかない。自分の家や会社だけなく地域を復興させなければならない。その為に何をしなければならないのか」



ということを考え、震災により打ちひしがれた自分の心に鞭を打ち、自分自分を奮い立たしている方の姿勢をテレビで見ました。


そのような前むきな姿勢と心がけに対して自分の現状を比較すると、自分の至らなさを反省せずにはいられません。

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人の器・心の器

マスコミや週刊誌等で、リーダーの力量を問う記事が多く見受けられます。


よく記事にされるのが、菅総理大臣。


マスコミは、良し悪しを冷静に判断せず誹謗・中傷のみをしているようにしか思えないのは、私だけでしょうか?


かと言って決して菅総理大臣が良い総理大臣とは思いませんが…



阿川弘之著書「米内光政・上巻」に次の言葉があります。


「人にはそれぞれの能力があるからね、物差しでいうと横幅が広いものもあるし、縦に長いものもある。


物差しの具合をよく見て、その限度内で働いている間は、僕はほったらかしとくよ、ただ能力の限界を越えて何かしそうになったら、気をつけてやらなくちゃいかん。


その注意をしそこなって部下が間違いを起こした場合は、注意を怠った方が悪いんだからこちらで責任をとらなくちゃあね」




一般的に、人は直接の部下を見れるのが40人ほどと言われております。


大企業は、社長の直接の部下40人の下に、またその部下の方がおられて、その下に…という風にピラミッドになって、組織を構成しており、たくさんの人数がその会社に所属して働いております。


人の器(能力)と、心の器(心の度量とでもいいましょうか)は切っても切れない関係にあるのではないかと思います。


「歴史は人の生き方の宝庫である」


書物だけから知識を得たのでは、その知識は生かせいないと思うのですが、今の政治家は自国の歴史を知らなすぎるのではないでしょうか?

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