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新嘗祭(にいなめさい)と勤労感謝の日

今回から管理人と共に記事を書く事になりました。


つたない文章ですがお付き合いの程、宜しく御願い致します。


 


今年の新嘗祭は平成23年11月23日となります。


そうです、この日は勤労感謝の日です。


昭和22年まで祝日として新嘗祭は存在していました。


しかし、GHQの占領政策により天皇家の行事と国事行為から新嘗祭が切り離されてしまい、その代わりに勤労感謝の日とされたのが今日まで至っています。


 


現在では皇室行事として厳かに行われています。




日本の農村地帯では古来より五穀豊穣を願う祭りや行事が数多く行われています。そしてこの新嘗祭は五穀豊穣を御願いした後の、五穀の収穫を祝い神様に感謝をする祭りです。




農村でも新嘗祭を行う地域はあまりありませんが、五穀の収穫を祝う事は各農家が個人的に行っている事例が多いようです。




「豊葦原瑞穂の国」と呼ばれ、日本は古来より稲作をしてきました。


私が住んでいる地域も縄文時代よりも更に古い時代から稲作が行われており、収穫したばかりで農協などの倉庫に保管してあるお米も、人気が高くそろそろ在庫がなくなってしまうとの事です。




なぜ、この話題を取り上げたかというと TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)への参加をする方向へ政府が動いているからです。今日まで政府はTPPに参加することのへの国と国民への利益と不利益の説明を怠ってきました。基本的に農業団体やこれらに関する人達は反対をしている事と思います。それ以外の経済団体は賛成をしています。




ここで整理をしておく必要があります。


・国民の「食」を守るか否か


・一部企業の「経済的な利益」を優先するか否か


 


判断基準としてはこの2択とされています。


 


しかし、表に出ていない様々な協定があり、日本が今日まで培ってきた仕組みや制度が根本的に見直す必要が出てきます。この事については積極的な報道もされず政府もだんまりしています。




TPPまで話が及んできましたが、日本人は日本人の食を守るか捨てるかの2択を迫られてしまっています。これは新嘗祭という日本人が古来から信仰し行ってきた尊い習慣を蔑ろにし、日本で出来る食料を粗末にして来たからだと思います。




勤労感謝ではなく五穀に感謝をする事で、日本人が食べる事に困る事の無きようにするのが新嘗祭本来の目的であります。




さて、勤労感謝の日の目的を現実を分析してみましょう。




本当に企業は勤労感謝をしているのでしょうか。


人を雇っている企業は従業員を大切にしているのでしょうか。


労働基準法を遵守しない企業の話は出てきます。超過労働時間による過労死も社会的な問題となっています。利益を優先し従業員の健康を損ねるまで結果を求めるのが現在の風潮であります。企業は利益を求めるのは当然でありますが、規定の決まりの中で利益を生む事が出来ないのであれば、その会社組織や会社の運営方法に問題があるのだと考えられます。




このような状況が影響したのでしょうか・・・




厚生労働省は先月、平成23年6月現在で生活保護受給者が204万人を超えたと発表しました。


東日本大震災により職を失った人も多くいます。これは仕方の無い事です。このような人々には生活保護を受給させるのは国民も納得し、早く被災した地域が復活してほしいという願いや期待もある訳です。


諸般の次条で年金を受け取る事が出来なくなり生活保護の受給をする人も増加しています。


その一方で、不景気や就職難、ここ最近の教育が悪いせいか働く気が全くない若者も増えています。


 


このような事を踏まえ、関係する日本国憲法を見てみましょう。




第12条


この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない。又、国民は、これを濫用してはならないのであつて、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ。


 


第25条


すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。国は、すべての生活部分について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。



 


第27条



  (1)すべて国民は、勤労の権利を有し、義務を負う。


  (2)賃金、就業時間、休息その他の勤労条件に関する基準は、法律でこれを定める。


 (3)児童は、これを酷使してはならない。




第30条


国民は、法律の定めるところにより、納税の義務を負う。


 


 


日本国憲法では、第27条では、「勤労の権利を有し、義務を負う」と書かれています。


簡単にいうと「働きなさい」という事です。


その働いた結果として第30条である「納税の義務」を果たす事が出来ます。


 


矛盾だらけの日本国憲法ですがこれは植民地憲法なので作り直す以外は直せません。


 


第25条では、最低限の文化的な最低限度の生活を営む権利があります。


一方、第12条では国民が保証する自由権利を濫用してはならないと書かれています。


基本的には働く事が出来るように努力をしなさいという事であり、以前では生活保護を受ける事は「恥」とされてきました。一部の外国人がこの権利を濫用し主張している事例も多くあります。


残念ですが、勤労を感謝する事が出来ないので、働かずに楽をして国に食べさせてもうらう「ずるい人」が増えてきてしまいます。


 


勤労感謝というものは、五穀を収穫出来て始めてその勤労に感謝をするものであります。


 


勤労=働く 働くと言うのは 人+動 と書きます。人が動いて働くのです。


 


「働かざる者食うべからず」という言葉があります。


小さな子供でも簡単なお手伝いをする事で働いた事になります。しかしそれすら躾けとして行う家庭が減っています。遊ぶのも子供の仕事ですが、お手伝いするのも子供の仕事です。その事から知らずに学ぶ事が出来る内容は計り知れないものがあります。


 


新嘗祭(勤労感謝の日)は、働く事ができる人間としての喜びに感謝をする。これも本来では無いかと思います。


 


勤労感謝の日、私は一足先に五穀の感謝と人間としての営みを成す事ができる感謝をする為に神社の祭りで参拝をする予定です。


 


様々な過ごし方があると思いますが、祝日のいわれや歴史について学校や家族で話をしてみてよいと思います。


 


なぜならば日本は冒頭に上げた2択を迫られて、日本人の食を脅かしているからに他なりません。

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中国:2歳ひき逃げ18人素通り 「薄情社会から転換を」


中国:2歳ひき逃げ18人素通り 「薄情社会から転換を」
【毎日新聞:2011年11月8日】

 「見死不救(死にそうな人を助けない)行為を罰すべきだ」。中国広東省仏山で先月13日、ひき逃げされた2歳女児の横を市民18人が素通りし、女児が死亡した事件を受け、中国社会で道徳心の回復を訴える声が高まってきた。発展一辺倒でまい進する一方、鉄道事故などの対応をめぐり国際社会から「人命軽視」と批判される中国。小さな命を見捨てた今回の事件をきっかけに、若者を中心に「薄情社会からの転換」を求める声が上がり始めている。【仏山で隅俊之】

 現場の「広仏五金城」には金属部品など1000軒以上の卸問屋が連なる。その中の暖房器具店に「陳」と名乗る男性がいた。18人の1人だ。記者が「なぜ素通りしたのか」と問うと、うつむきながら「本当に気づかなかった」と繰り返した。所在が判明したのは4人。陳氏と別の1人も「気づかなかった」と答えた。

 事件当日、現場は豪雨に見舞われ、街灯はついていなかった。同じ時刻に現場に立つと、雨は降っていないが確かに薄暗い。だが道幅わずか5メートルの路上にいた悦ちゃんの姿が本当に見えていなかったのだろうか、と疑問に思った。

 残る2人は悦ちゃんに気づいていた。1人は持昌さんの知人だった。上海紙の東方早報によると、知人は事件後、持昌さんに「悦ちゃんと分からなかった。気づいていれば助けた」と謝罪した。もう1人の「林」と名乗る女性は広州紙の羊城晩報に対し、こう答えた。「倒れて泣いているのを見た。近くの店に聞いたら『知らない子』と言われた。誰も関わろうとしないのに、どうして私が関われるのか」。救急通報も「思いつかなかった」という。

 悦ちゃんはなぜ見捨てられたのか。近くで水道器具店を営む夏国剛さん(50)は「南京の事件の影響が大きい」と話す。

 06年11月、江蘇省南京のバス停で、倒れていた高齢女性を助け起こし、病院に付き添った若い男性が、逆に女性から「この男に突き倒された」と裁判に訴えられた事件だ。判決は女性の言い分を認定したうえ「必要以上」に他人に関わる行為が「中国の社会道理に反している」と断じ、賠償金約4万6000元(約56万円)の支払いを命じた。

 中国の社会問題に詳しい非政府組織「当代社会観察研究所」(広東省深セン)の劉開明所長はこう指摘する。「中国では自分の身をいかに守るかという考えが根強い。社会保障基盤が脆弱(ぜいじゃく)だから治療費のあてがない女性が誰かに責任をとらせようとする。助ける側もリスクを避けようとする」

 事件は社会に波紋を投げかけた。中国版ツイッター「微博」では批判の書き込みが殺到し、道徳心が社会問題化した。中国紙の中国青年報がネット上で実施した調査では「自分なら必ず悦ちゃんを助けただろう」「おそらく助けた」と答えた人が約8割に達した。そう答えた人の多くは若者だ。広東省在住の経済学者は「いまの中国社会は人々が社会を信じる心を失っている。私たちはそれを反省すべきだ」と指摘する。

 現場の路上には詩が残されていた。「雪山松」という名前が書かれていた。「物質的な豊かさを極めても 道徳心は落ちぶれてしまった 心は冷たくしびれていき 人の命など顧みない だが人間にはもともと哀れみの心があったはずだ 人を助けるのにコストなどかからない」

 ◇事件の経緯

 10月13日午後5時半ごろ、中国広東省仏山市の巨大市場「広仏五金城」内の路上で、近くの卸問屋経営、王持昌さん(30)の長女悦ちゃん(2)がワゴン車にひき逃げされた。通行人2人とバイクがすぐ近くを素通り。悦ちゃんは別のトラックにもひかれ、多量の血を流して苦しんでいたにもかかわらず、電動三輪車や別のバイクの男性ものぞき込んだだけで走り去った。最後にリサイクル業の女性が助け起こして悦ちゃんの母親に引き渡すまで6分27秒かかった。悦ちゃんは8日後の21日未明、死亡した。(記事終わり)




記事リンク
http://mainichi.jp/select/today/news/20111108k0000m030125000c.html






言葉もありません。

しかし、日本では子が親を殺し、親が子を殺してしまう時代になって仕舞いました。

社会との関わりが少なく極端な思考を持ってしまい、惨事に至るケースも増えているようです。

以前は、日本では子が親を殺し、親が子を殺してしまう惨劇は殆ど聞きませんでした。

日本が、今回の中国の記事と同様な薄情な国にならなければ良いのですが…

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