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喜ぶ

喜んでもらえるにはどうすれば良いのかと言うことを考えています。


考えていても答えは出ませんので、とりあえず手当たり次第に実践してみます。


結果は、良くも悪くもというところでありますが、何よりも経験は重要です。


 


喜んでもらえるというもは、人だけではありません。


全てのものに対してであります。


 


全ての物に「心」があります。


わかりやすい例で例えると、職人が使う道具。


道具を作る職人がいて、その職人はまだ見ぬ使い手の事を考えて自分の持てる全てを使い道具を作ります。


その道具を使う職人は、その道具を作ってくれた職人の心意気を感じ、良い仕事をしようという気持ちになります。


その道具を使って出来た品物は、それを使うお客が職人の心意気を感じ、長く使えるように大切に扱うものです。


 


「物を粗末にするな」という言葉があります。


それだけ物は大切に永く使わなければならないという戒めの言葉であります。


 


物が道具であれ、車であれ、パソコンや家電であれ、作り手が心を込めて作った物は、物がその込められた心を受けます。それがその物の味というものになり、使い手がその味を「心」として感じ取り、長く大切に使おうという気持ちになると思います。


 


自然が喜ぶというのはどのような事なのだろうかという事を考えるようになりました。


そうすると自然が答えてくれます。


こうすればこの山や木々を有効に使う事が出来る。


水を大切に使う事が出来る。


田畑や土が何を育てたら良いかを教えてくれる。


その場で分からなくても、違う場所で全く思いもよらない手段で答えを教えてくれる。


 


これをわかりやすい例に例えると、


熟練の農家が「米が教えてくれる」という表現を使う事があります。それだけその農家が自然と対話をして様々な事を試しているからであります。そこに「お米に感謝」をしているという気持ちがあるので、稲が答えてくれるのだろうかと感じます。


 


喜ぶというのも感謝の気持ちと似たような事であります。


相手にとって良い環境を作るにはどうしたら良いのかと言う事を追求する訳です。


 


 


これを人の世界に例えてみます。


 


企業の社長が考える事は、経営。


それ以外に、従業員がどうすれば働きやすく、事故やミスが少なく、喜んで働いてくれるのだろうかと言う事を実践する必要があります。


今の日本の企業は、利益を追求する事ばかり考え、そこで働く従業員の働きやすさという事の配慮が欠けているケースが多いのではないでしょうか。


従業員満足度が高い企業は、売上も高く、収益も高いので、結果的に従業員の給与も高くなります。これは良い循環になります。


 


さて、企業以外の団体に例えてみます。


よく、企業と同じような考え方を実践して失敗されている人を見受けます。


組織を作る事は重要なのですが、そこに絶対的な上下関係を作ってしまってはいけません。


会社のような上下関係や雇用関係もなく、不特定多数のあかの他人が集まるような団体の代表は、その中の誰よりも気を配り、頭を低くしなくてはならないと思います。


雇用関係ではないので、その人の人徳や人間性を感じ、それに人が動くというのが自然な流れではないでしょうか。その中で人に何かを伝えたり教えたりする場合は、相手の事を考え、自らを後に置く事が必要となります。


正しい事をするのであれば、その正しさを全うする強さが必要です。そこに愚痴や悪口があるようであれば、その人は人の上に立つ器でないという事になります。


このような団体で上に立つ人の特徴は、些細な事に感謝をする事ができ、それを言葉や行動で表している人であります。


給与や謝礼もなく奉仕で集まっているような団体であればこれが不可欠となります。


 


喜んで動けるような環境を整えるには、人の気持ちが分かる人でなければなりません。


それには人知れぬ苦労や経験が伴います。


 


それらを感じさせないような人でも、言動でそれを感じ取る事が出来るので、人はその人に協力をして行くのだと思います。


 


当たり前のようでありますが、なかなか難しいものです。


これも誠の積み重ねが必要となるのでしょう。


 

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感謝をされる(する)

人から感謝をされるというのは実に嬉しいものです。


 


感謝をされるには、それなりの理由があります。


些細な事でも、大がかりな事でも感謝には変わりはありません。


 


感謝を受け取るには、言葉がまず上げられます。


「ありがとう」


「助かった」


「御陰様で」


「難儀をかけた」


 


言葉以外にも、お辞儀、礼、握手、お礼の品を上げる等、感謝をする側の態度があります。


 


これらを総合的に判断するのは、それらの言葉や行為に対し「心」があるか無いかです。


相手の「心」が受け手の「心」に伝わると、お互いに「心」が伝わり、信頼・信用をする事が出来ます。


これは互いの「心」が認め合ったという事です。


 


反面、感謝の言葉に「心」が入っていないと、受け手も「?」という反応をしていしまいます。


これは「心」が伝わっていないので「心」を受ける事が出来ないという事になります。


 


私は職業柄、感謝の言葉を述べられる事が多いのですが、その殆どに「心」がありますので、次回困った時にも「協力してあげよう」という気持ちになります。


その姿を周囲の人達はよく見ていますので、職業といえども善行になるのだと思います。


 


案外、些細な事を解決してあげても、頼んだ相手にとってはどうにもならない事というのが多いというのも、田舎に来てから様々な場面で経験しています。


 


孤独というのは、自分を試すのには良い環境です。


しかし、孤独を乗り越えるには自らが孤独でない環境を創り上げる事が不可欠であります。


 


都会の人は孤独に感じる事があります。しかしそれは孤独ではなく「無関心」であります。


他人に無関心なので、自分の事のみを考える訳です。これは今の日本の社会や企業に言える事ではないでしょうか。


 


今の自分(会社や社会を含め)が、どうして存在しているのかという事を根本的に知る必要があるのではないでしょうか。そこに今の日本が国難を乗り越えて行けるヒントがあるのではないかと思います。


 


日本は八百万の神々様が鎮座されており、昔の日本人は自然を活かし、自然に感謝し、自然と共に歩む生活を営んできました。しかし、人間がそれらを汚してしまい、取り返しのつかない事をしてしまっています。放射能汚染などはその代表的な例です。


 


自然に感謝をしていると、自然からの返礼があります。


自らが自然相手に作業をする時に、作業をする最善の環境を自然が整えてくれるという事です。


これは天候、風、気温等々、自然が人間に答えてくれます。


人間は、それに対し感謝をする事で、自然と持ちつ持たれつという共存という関係を築きあげて行く事が出来ます。


 


日頃から、自然や人に対しての感謝の心や気持ちを持っていなければ、自然や人からの感謝の心や気持ちに気がつく事が出来ません。


自然は人間が真剣に自然の事を考え何かを実施しようとすると、かならず何かしらの形で答えを出してくれます。


 


 


これを感じ取る心を作るのは日常生活でしか心を鍛える事が出来ないと思います。


また、五感全てを使ってこれらを感じる事が出来るようになるには時間がかかります。


 


 


全ては感謝のする気持ちを持つ事で、感謝をされるようになってくるのだろうと思います。

シリーズ「告日本國」27 【フランスの詩人 ポールリシャール著書】

『告日本國』この書籍は世界の状況と日本の伝統・文化を冷静に分析し、日本が取るべき方向性を示していると言っても過言ではありません。


その原文が入手できましたのでシリーズでアップしております。


現代文に訳してみましたが、専門家が行ったのではないのでその訳が不適切であるかも知れませんので、ご了承下さい。


【原文】
 燦然たる精神の神秘力を汝の衷に喚起せよ、而して支那に向って進め、支那の待てるは他になし汝なり。今日に至るまで支那は他国の途を踏むことを肯んぜざりき。蓋し支那の精神は異邦の精神と其の類を同うせず、そは将来と相接する深甚なる過去より来れるものなるが故なり。されど汝の精神も亦其源を一にするに非ずや。然らば両者相並んで共に新しき道を拓き、地に正義と平和とを招徠する途を拓け。両者相結んで亜細亜を結び、亜細亜を中心として世界を結べ。亜細亜にして一たび結合せられなば、そは世界の司法者たり、統一の中樞たらん。人道の心臓は亜細亜の衷に鼓動す。




【現代訳】
 きらきらと光り輝く精神の神秘の力をあなた方の心の中に呼び覚ませ、そして支那(中国)へ向かって進め、支那(中国)がまっているのは他ではなくあなた方です。今日に至るまで支那(中国)は他国の道を踏むことを聞き入れなかった。まさしく支那の精神はよその国の精神とその類を同じくせず、それは将来と相接する奥深い過去から来るものである故です。されどあなた方の精神もまたそのみなもとを一つにしているのではないでしょうか。しからば両者相並んで共に新しい道を拓き、地に正義と平和を招来する道を拓いて下さい。アジアでひとたび結合すれば、それは世界の法をつかさどるものであり、統一の中枢であります。人の道の心臓はアジアの心の中に鼓動しているのです。



【解説】
中国の詩人「杜甫」は「春望」の中で次の言葉を残しております。

国破山河在   国破れて山河在り

城春草木深   城春にして草木深し

感時花濺涙   時に感じては花にも涙を濺ぎ

恨別鳥驚心   別れを恨んでは鳥にも心を驚かす

烽火連三月   烽火 三月に連なり

家書抵万金   家書 万金に抵る

白頭掻更短   白頭 掻けば更に短く

渾欲不勝簪   渾て簪に勝えざらんと欲す


都は滅茶苦茶になってしまったが山や河は昔のままであり、 長安には春が訪れて草や木が深々と生い茂っている。
世の中の有様に心を動かされて花を観ても涙をはらはらと零し、 家族との別れを惜しんでは鳥の声を聞いても心を傷まさせている。
打ち続く狼煙火は三月になってもまだ已もうとせず、家族からの便りは万金にも相当するほどに思われる。
白髪頭は掻きむしるほどに抜けまさり、まったくもって簪を受け留めるのにも耐え兼ねそうだ。

このような詩に、昔の日本人は感動しました。

今や、資本主義が入り中国は金儲けが軸になりました。経済成長は著しいものの、既にバブルは崩壊しております。日本はバブル崩壊によって経済は鈍化し、また、心も衰退しております。しかし、まだ日本人としての心の支えを失っていない人達がいるので、中国よりはまだましかもしれません。

中国の貧困の差は著しく、国家破綻の兆しは軍備増強と他国への侵略!

孫子が言っております。戦争は下策だと。

現代は、そんな中国よりも例え貧しい国でも親日のインドや東南アジア各国と手を取り合って、進んでいくべきではないでしょうか?

大阪市:国歌斉唱に反対している教員の日本国籍をはく奪して下さい。

不起立職員、初回から研修へ…橋下市長が案修正
【読売新聞2012/01/17日】


 大阪市議会に教育基本条例案を提案予定の橋下徹市長は17日、国歌斉唱時の起立命令に従わない教職員に対し、これまで2回目の違反時に課すとしていた指導研修を、初回の違反時にも課すよう規定を修正することを明らかにした。


 当初案では「違反1回で減給か戒告、2回で停職、3回で分限免職の対象」としているが、「数回の不起立のみによる停職・減給は重すぎて違法」とした16日の最高裁判決を受け、研修の実施時期などを修正。橋下市長は、研修を挟めば、違反回数による自動的な処分には当たらないとの認識を示し、「最高裁の論理からも問題ない」と述べた。(記事終わり)


記事リンク
http://news.goo.ne.jp/article/yomiuri/politics/20120117-567-OYT1T00522.html





学校の先生は、生徒に手本を示すもの。


先生も人間なので、出来不出来はあるかもしれませんが、国歌斉唱に不起立とは日本人でありながら日本人を侮辱している。


オリンピックやワールドカップアなど、自国の国家だけでなく相手の国歌斉唱時にも起立して相手に敬意を表しているのは、「人の道!」

またその「人の道」を世界各国の人が行っております。


そんな「人の道」のわからない先生が生徒に何を教えることができるのでしょうか?

ましてや税金で給与を払う必要もありません。


 



国旗・国歌に対する裁判は結構行われておりますが、その根拠は
憲法第19条の

「思想および良心は、これを侵してはならない」

を盾に訴訟をおこしております。


 


第19条を順守しそれを基に訴えを起こすならば、まず日本人としての自覚をして下さい。

特に憲法の前文と第1条の意味を知らなければ第19条を語る資格もなし。




橋下市長さんもっと厳しくしましょう!ガンバレ〜

建物の基礎や外壁のコンクリートに放射性物質がどれだけ入っているの?

汚染コンクリ、100社以上に出荷の疑い
【読売新聞:2012/01/16】


 福島県二本松市の新築マンションに放射性物質に汚染されたコンクリートが使われていた問題で、原料になった同じ砕石が、県内の生コン会社2社を通じ、建設会社など100社以上にコンクリートとして出荷された疑いのあることが、経済産業省の聞き取り調査で分かった。

 同省が出荷先の特定を進めている。

 砕石は、富岡町の採掘会社が浪江町の阿武隈事業所の採石場で採ったもので、採掘会社の社長(50)は16日朝、郡山市内の事業所で記者会見し、生コン会社以外にも、建設会社など17社に出荷していたことを明らかにした。一部は、県内の農場やゴルフ場などで土木工事に使用されているという

 
昨年4月11日に計画的避難区域の設定が政府から発表された後も砕石の出荷を続けたことについて、社長は「放射能に関する知識がなく、正直『何で住んじゃいけないの』という程度の感覚だった」と釈明した。
(記事終わり)


 


記事リンク
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120116-00000407-yom-soci









このような記事は氷山の一角ビックリマーク









 浄水場や下水処理場の汚泥を処理してコンクリートなどの再生品を製造しているそうですが、
以前、街路樹の伐採などの植木関連の仕事をしてる方にお聞きしたら、街路樹の伐採などで出た廃棄物にも放射性物質が含まれていることが多くあり、かなりの処理場で廃棄物の受け入れを制限しているそうです。


 既に震災から10カ月経過しており様々な場所に放射性物質が拡散しておりますが、その検出は一部自主的な市民が行っているにすぎません。


 福島第1原子力発電所の事故で、みなさん麻痺していると思いますが、本来3000Bk/kgという値だけでも、アイソトープの研究所(放射線研究施設)のような施設で法律的に管理されるもので、施設は放射線が出ないように、特殊な作りにしなければならないこととなっておりまます。まったく許可を受けていない施設で取り扱えるものではありません。



 


病院のレントゲン室のような管理される設備でなければならないところ扱うものです。


関東だけでなく、日本全国でコンクリートに含有されたり、肥料に含有されたりと放射性物質は拡散しております。


検査をするから検出するのであって、検査をしなければ含有されているかもわかりません。


ある自治体では、その検査すらしないようにしている県知事がおり、検査を怠っております。


検査をしようとしない県知事、早く首にした方がよいと思いますが…


まあ、でも、もう手遅れだと思いますが…

笑えるということ

人の痛みは絶対に分からない。


それを知れば人を大切に出来る! と、志しを立てられる自分で在りたい。


そう思いながらもなかなか自分を正すことが出来ない僕です。




最近、本というものに出会いました。


「本」という存在は僕の人生に於いて必要がないものと決め込んでいただけに、


渡され勧められた本を開いた瞬間に・・・「つまらない」の一言でパタリと本を閉じてしまいました。




数日後、その本を勧めてくれた先輩に「あの本、つまらないです」と打ち明けたところ、


先輩から一言。






「お前の人生がつまらないからだ」






金槌で頭を殴られたような感覚・・・なるほど!こう言う瞬間のことを指すのだ! ガイ〜ンである。




次の日から開いたその本が、先日パタリと閉じた本と同じ本なのか疑う程に、


その本の世界にスルスルと引き込まれて行きました。




人生の最高の一つは「出会い」であると先輩に教えて頂きました。


人と出会い、そして僕は「本」に出会った。


今は本を読みあさり、自分を探し、自分の生きて来た道、これから生きる道を探しています。




生きる道に出会うもの全てが、今この瞬間の為に在るのでないだろうか?


だからこそ生きるとは本当に辛い、そして素晴らしい。






「悲しみ」は「喜び」を増大にし


「喜び」は「悲しみ」を増大する




「孤独」から逃げてはいけない


「孤独感」とは誰かと自分を比べた時に起こる弱さだから




自分を虐めなさい


自分を愛せる自分を作り 人を愛しなさい


そうすれば人はあなたを愛してくれるから




自分を孤独にしなさい 


あなたが本当の意味の笑顔を手に入れた時


傍にいる誰かが笑ってくれるから




















 

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