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人にはそれぞれ心があり、その心は人によって違う


人にはそれぞれ心があり、その心は人によって違う


人の心は目に見えません。



また、他人が心に何を思っているのか知ろうとすれば知ることが難しくなるように思えます。



富士山を見て、「綺麗だ」「雄大だ」「大きい」「心が休まる」などなど



同じ富士山を見ても、人によって「感じ方・思い方」はそれぞれです。



しかし、心に思ったり、感じたりすることに理屈はないと思います。


そこに無理をして理屈をつけようとするとかえって自分の心を否定してしまうことになるではないかと危惧しております。


「喜怒哀楽」
【辞書】喜びと怒り、悲しみと楽しみ。人間のさまざまな感情。



人を悲しませたり、怒らせたりすることは良くないのですが、若いうちに感情を抑え込んでしまうと自然と自分の心のありようが分からなくなって仕舞うのではないでしょうか?



特に最近の若い人とお話をさせて頂くと、この傾向にあるように思えてなりません。



何らかの苦労(苦い経験)をした中で、自分の心を養うために己の感情を受け止め、それをすぐに出さずに、相手に合わせて表現することと

相手と距離を保つため(心を知られたくないため)に、自分の感情を抑え込み表現することとは大きく差があるのではないでしょうか?



東日本大震災で被災された方々の中で、



「ここで生きていくしかない。自分の家や会社だけなく地域を復興させなければならない。その為に何をしなければならないのか」



ということを考え、震災により打ちひしがれた自分の心に鞭を打ち、自分自分を奮い立たしている方の姿勢をテレビで見ました。


そのような前むきな姿勢と心がけに対して自分の現状を比較すると、自分の至らなさを反省せずにはいられません。

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Unknown

テレビであるパン屋さんを取材しておりました。


そのパン屋さんは缶詰のパンを作っており、このような震災の後なので注文がたくさん入っているようです。


しかし、そのパン屋の社長さんは、注文の品そっちのけで、作った缶詰のパンを被災に直接届け、無料で配っているとのこと。


その社長も言っておりました。


「ガンバレ」なんてとても言えない。何故なら彼らは住む家すら無いから。だから「大丈夫だよ」と目を潤ませながら話しておりました。

Unknown

生きて行くのに精一杯でゆとりの全くない人達に、口先だけの「がんばろう」や「応援している」等の言葉を述べてもそれは上辺だけにすぎないでしょう。

黙っていても行動に移せば人の心に届くはずです。心が感じ取る事で初めてその人を認めて行くのではないのでしょうか。

復興の為に何かが出来る人と何も出来ない人がいると思いますが、それぞれの立場であり仕方がないと思います。

このような困難な時に本当の人間性が表れるのではないでしょうか。
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