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シリーズ「告日本國」17 【フランスの詩人 ポールリシャール著書】

『告日本國』この書籍は世界の状況と日本の伝統・文化を冷静に分析し、日本が取るべき方向性を示していると言っても過言ではありません。


その原文が入手できましたのでシリーズでアップしております。


現代文に訳してみましたが、専門家が行ったのではないのでその訳が不適切であるかも知れませんので、ご了承下さい。




【原文】
 幽遠神秘にして測知す可からざる皇天の大命に対し、如何なる国民か曽て汝の如く心を用ひたるものある。今正に断末魔の境に悶えつゝある諸国に於てだに、汝に於けるが如き力の集注を見ず。彼等今や新に生れんが為に死せざるべからず。されど彼等が死物狂の力すら、尚且汝が覚悟の力に及ばず。総じて汝に在るものは、筋肉と神経との緊張、意力の鍛錬、活動研究に対する熱情、心身の凛烈なり。汝の民は死を軽んじ、又無為の生を軽んず。汝に於ては学生すら時に其の研究て熱して、無知の恥に堪えんよりは択んで死に就くものあり。 


 日々汝の戦士は上下挙って概にその心情に於て戦ひ、且つ喜んで汝のために死せんことを夢む。心情は理智に先ちて知り、夢は未だ心裡に現はれざるものを豫現す。国民は豫め当に来るべきものを告げらる。現在は物言はざるも、將来は国民に前兆を示す。これ汝が其の進路尚ほ未だ決せざるに、而も駿馬が主君の跫音を聴きて凛然として鬣を振ふが如きものある所以なり。汝は主君の手の既に觸れたるを感ず。

 戦の準備成れる国民よ、此の主君は神の戦士なり。汝の戦ひをして日本に内在する神性に恥ぢざるものたらしめよ。汝は戦はざるべからず。



【現代訳】
 奥深くはるかな人間の知恵では計り知れない天をつかさどる神様の命に対して、かつていかなる国民が、あなた方のように心を用いたでありましょうか。いままさに、臨終の境に悶えつつあるあらゆる国に於いてでも、あなた方のように力を集中していることは見られません。彼らは今や新しく生まれ変わる為に死のうとしております。しかし、彼らの死に物狂いの力すら、あなた方の覚悟には及びません。大概あなた方にあるものは、筋肉と神経の緊張、精神力の鍛錬、活動研究に対する情熱、心身に対する厳しさであります。あなた方の民は死を軽くし、また何もしないで生きて行くことを軽く見ます。あなたの国に於いては学生すら時にその研究に熱中して、知らない事の恥に耐えるよりは自ら死を選ぶ者もいるのです。

 日々あなた方の国の戦士は上下みんなであらましその心情で以て戦い、かつあなたの国(自分の国)の為に喜んで死ぬことを夢見ているのです。心の中にある思いや感情は理性と知恵に先だって知り、夢は未だに心の中に現れていない物を予言するのです。国民はあらかじめまさに来るべきものを知らされるのです。現在は物を言わなくても、将来は国民に前兆を示します。このことはあなたの国がその進路をなお未だに決めかねてはいるのですが、脚の早い優れた馬が主君の足跡を聴いて勇ましくたてがみを振ることのようです。あなた方は主君の手が既に触れていることを感じているのです。

 戦の準備が出来ている国よ、この主君は神の戦士です。あなた方の戦いをして、日本に内在する神としての性質に恥じるものはない真の姿を見せて下さい。あなた方は戦わなければなりません。



【解説】
 当時の日本は、江戸時代の幕藩体制が終わり明治維新を迎え、国内を統一する為、「王政復古」「五箇条の御誓文の発布」「廃藩置県」「版籍奉還」「大日本帝国憲法発布」「帝国議会の発足」などが行われ、それまでの徳川幕府を中心した政治に対して、天皇を中心とした政治に切り替わりました。
 このとき日本の国の成り立ちやその国政の在り方が改めて世に出され、「三種の神器・三大の神勅」や「教育勅語」が市民に普及され、また「神仏分離」などが行われました。
 いにしえより日本は「八百万の神様の鎮まれる国」と言われ、日本全国には数多くの神社があり、それを改めて見直した時期でもありました。、「三種の神器・三大の神勅」には日本人として大切なことが記載され、それをリシャールは「天をつかさどる神様の命」としてその目にとどめたのであります。
 世界は侵略と自国の権利の拡大という戦争が行われ、各国が道徳や道義を失い権利の主張し、リシャールはそれが最後のあがきだと言っております。
 「あなた方の民は死を軽くし、また何もしないで生きて行くことを軽く見ます。」これは死を軽んじているのではなく、「恥」という文化が成り立っており「恥」をかくならば「死」を選ぶという武士道に基づく日本固有の考えで、そのことを言っております。

その代名詞として「虎は死して皮を残し、人は死して名を残す」 決して死は無駄ではなく後世に受け継がれていく、そんな生き方が人として素晴らしい生き方であるという当時の日本人の行き様をリシャールは見たのでした。

 当時の日本人は一般市民までもが「国の為」という気概を持っており、その気概が日本人の宝であり、日本と言う国の存在を強く表しているのだということをリシャールは言っております。

 戦争という最終的手段は決して良い手段ではないのですが、それを否定するのではなく、当時の世界情勢と当時の常識からみれば日本が取るべき手段が最終的には戦争しかなかったということを私達は改めて知るべきだと思います。

 江戸時代に私たちがタイムスリップしたら江戸時代の人達は何というでしょう?

 渡部昇一著書「かくて歴史は始まる」の中で、

「歴史を見る上で大切なことは、現在の常識で当てはめて歴史をみてはならない。当時の常識であてはめて歴史を見なければならない」というようなことが記載されておりました。

 戦争という最終手段を取らざるを得なかった先人、それを現在の常識で肯定否定するのは歴史に対する冒涜ではないでしょうか。大切なのは何故そのようなことが起こり、何故しなければならなかったのかを見つめることで、歴史に隠された真実を見ることができるのではないでしょうか?

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