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孤独にする・成るということ

せわしなく動く世界であるように見えて、


実はのらりくらりと誰かが動くのを待つような世界である。


僕はそう感じるのです。


 


言葉とは発した瞬間に真実を失い、その説得性さえ失うものだとどこかで読みました。


ここに言葉を綴る事が何を意味するかは僕自身分からないけれど。


「物」を動かすものを原動力と言うならば、「者」を動かすのは言動力であり、


伝え続ける事の大切さは歴史が痛い程に教えてくれているのだから、


やはり僕は伝え続ける事をヤメないで生きたいと願うのです。


 


「孤独」を題名にした理由はただの思いつきで、意味などないのだけれど、


「孤独」という言葉は人生の暗い部分ばかりが連想され、「闇」を意味するように感じてしまう言葉です。


 


僕が人生に迷い、歩くのをヤメそうになった時、人生の先輩が一言。


 


 


「自分を孤独にしなさい」


 


 


どこか温かさを感じ、すっと魂に落ちる言葉だったと記憶しています。


 


例えば自分の目が肌が感じた情報を、聞いただけの誰かに、あたかも見て来たように聞かされたら。


自分にとって大きな事を、他人に小さな事と笑われたら。


 


「自分を孤独にする」


この言葉の意味はこんな日常にどこでもあるような出来事に隠されていると僕は感じました。


 


 


「孤独」とは自分を知り、見つめ、受け入れ、そして正して行く過程の中で自分自身を育てる大きな経験です。


 


「孤独」を知るからこそ、相手を知り、見つめ、愛せるのです。


「孤独」を恐れるならば、自分を認めさえ、栄誉でまみれてみればいい。


その先が暗く狭い「孤独」に繋がる事を身を以て知る事になるでしょうから。


 


「進みて名を求めず、退きて罪を避けず、ただ民を安んずるを旨とし、主君に利を為す事とする者、これを国の宝という。」


 


孫氏の兵法に書かれた言葉です。


これが「孤独」を表すとは見当違いと感じるかたも居るでしょうが、


僕にとって「孤独」を経験する事で見えて来る「悟り」の言葉とかんじました。 

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