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まず隗より始めよ?

以前上がったテーマ、「まず隗より始めよ」をもう少しつっこんで討議していきませんか?
結構難しい内容かもしれませんが、人の上に立っている人は会得すれば水を得た魚のようになれるかもしれません。


D.カーネギー「人を動かす」の中でもこう書かれています。


「まず相手の心の中に強い欲求をおこさせること、これをやれる人は万人の支持を得ることに成功し、やれない人は一人の支持者を得ることにも失敗する」


投稿記事の内容↓


あえて、これを「歴史」ではなく、「生き方」に載せました。
「まず隗より始めよ」
今では、「できることから始めなさい」とか「言い出した者から始めなさい」とかの意味で多く用いられている言葉です。


しかしながら、これは 昔 中国の燕という国に実際に居た人の事です。
名は「郭隗」といい、燕の昭王の宰相を務めた人物です。
かれは、「自分のようなこんな人間を重く用いれば必ず賢者が多くこの国に集まるでしょう。」と昭王に説き、事実その後国を救う楽毅等の有能な人物が来る事になります。


ここで注目してもらいたいのは、この部分ではなく実際この郭隗が人物を見極める能力があったことです。
単純にこれを聞いて人材が集まってきたわけではなく、その人物を見極め有能と思えば採用した事(歴史に埋もれてしまいがちな話)が最大の功績といえるでしょう。


日本で言えば、最近では吉田茂ではないでしょうか。
たとえ有能な人材が集まってきたとしても、宰相等人の上に立つ者は、この能力が無ければ全てを失うことも多々あります。


「水はよく舟を浮かべるが、覆す事もある。」です。


それでは、どうやって人を見抜く力を持つ事ができるようになるのでしょうか?

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適材適所の事例

今日ある方のお話を伺いました。

何故、あなたは適材適所に人員を配置することに長けているのでしょうかと?

すると「自分がすべきことを誰に託すかを考えているだけ」と言われました。

短い言葉ですが奥が深い。おおきなヒントではないでしょうか?

適材適所

どの人が優秀かというよりも、何処に向いていて何をさせたら良いかという所の見極めが重要ではないかと思います。

思っていたよりも適材が駄目だったとか、適材が駄目だと思っていた人が別の才能に芽が出てきたとか。
始めは思った適所に採用しても、時間が経つにつれ、もっと良い適所が見つかるという事もあります。
新卒者の3割は3年以内に退職をしてしまう現状があります。それは本人の問題もあると思いますが、その人を使う事において上の人も良い方法を学んで来なかったとう事実があります。

それには日頃の言動から察する判断力が必要になります。更に有能な部下を持てば、その意見も反映しより的確な人選を行う事が可能になるからです。

現在の企業では皆様が言われている通りの能力を見抜く力のある人が少なくなって来ているのではないでしょうか。そこには判断する人の客観的な判断基準ではなく、感情が入ってしまう事があるからで、好き嫌いというものです。

特に大企業の人事ほど、型にはまってしまっているような傾向があるように思います。募集要項で大学卒以上という学歴を設けているのがその典型的な例です。
高校卒でも優秀な人材はいると思いますし、そのような人ほど、早めの教育を行い適材適所に付かせて上げたほうが、企業にとっても本人にとっても良いことだと考えます。

小さな企業ほど、経営者の判断が色濃く出てくる訳ですが、そのような企業ほど、人となりを重視する傾向が見られます。自らの経験から来るものだと思います。

松下幸之助氏の人選は、ある種の直感と過去の自らの経験から来るものだと私は感じます。

人を育てながら適材適所を探す、もしくは自らが気付くというのが現在のもっとも優良は方法ではないかと思います。始めからぴったりと適材適所に付ける事はなかなか出来ない事だと思います。

特に最近の若年層は自らの思いや情熱を表に出す事が苦手なようです。そこを上手に引き出す事が出来るように、上の人達も配慮をしなくてはなりません。

優秀な人というのは適材適所に配置され、必要とされる本来の能力を十分に発揮できる人の事をいうのではなかと私は思います。

人が残る企業は、しっかりと人を育ててゆく社風があるので、安心して働く事が出来ると思います。

現代の人事

故 松下幸之助氏の人材抜擢は結構有名です。
1980年代だと思います。高卒のエアコン事業部の部長各をいきなり松下電器の社長に据えたとの事。
一番びっくりしたのは本人だそうですが、重役皆飛び越していったわけですから。
その後、松下電器が、又、急成長を遂げたのでした。

有害な人材ならよくわかる。

とりあえず人を受け入れて見るというのも方法の一つですよねー。
それには其れ也の器が必要だと思いますが。曹操のように、一点でも秀出た者がいれば、引き込み様子を見てみるような……。
私は以前、自分にとって非のあると感じた人間は徹底的に否定してました。
そんな時、ある新人を中傷していると、仕事仲間に『皆アイツを悪く言うけど、人間なんて皆完璧じゃない。俺はアイツのいい部分を見付けるようにしてるよ』と言われ、自分の小ささに愕然としました。それ以来、形上中傷は減ったものの、やはり人の欠点ばかりが目に入ってしまいますが、同時にその人の秀出た部分を探そうと努力しています。また、その秀出た部分に気づくと何故か、欠点は愛嬌として許せるようになるのも不思議な発見です。
逆に!そんな風に私も人に判断されている事にも気づいてしまいまして…改めて、先ずは己を正す事!…なんて思う今日この頃。

そんなに簡単にはいかないのでは

有能な人材とはどのような人材なのでしょうか?

企業によって、有能な人材の能力は違うようで一概にこれ!と決めつけられないと思います。


旅行会社のJTBでは、まじめな社員より要領のいい社員を採用しているようです(JTB若手社員が自ら言った)


有能な人材とはどんな人材なのかな~

コメント有難うございます。

コメント有難うございます。


三国志の諸葛亮孔明が晴耕雨読をしている時期「管仲・樂毅」にも引けを取らないと見抜いた司馬徽も郭隗と同様に思いました。


蜀は劉備亡きあと孔明の尽力ありながら人材不足で最後は魏に滅ぼされましたが、孔明の生きている間は国力の充実が図られていたようです。有能な人材は孔明のように晴耕雨読を以て、あまり目立たないかもしれません。


また、日露戦争時に当時世界最強に近いロシア艦隊に対して連合艦隊司令長官を東郷平八郎に推したのは山本権兵衛でした。順当で行けば常備艦隊司令長官である日高壮之丞が司令長官になる予定でしたが、山本権兵衛は東郷平八郎を強く推したのでした。


「武士は己を知る者ために死す」は死語にはなっていないと思います。

千里の馬

樂毅を見出したのは非常に当時としてはすごいなーと、思いました。
ご存知名方もいらっしゃるかもしれませんが、「敗戦の将、兵を語る無かれ」という言葉。当時敗戦を指揮した大将が、天下を取れるなどありえなかった時代。その樂毅を誘い、且つ、「彼は千里の馬かもしれません」と王に言上を申した郭隗でありました。
特に今の時代だからこそ言いたいのですが、
「敗戦の将」を見過ごしている経営者が居ませんか?もしかしたら自分の組織に樂毅の様な人物もいるかもしれないのですから。
是非、この議論はいろいろな方から投稿していただきたいと思います。それは、自分が経営者であったり、これから一旗揚げようとする人が必ず必要で常に考え、また、つまずいている問題だからです。
逆に人選を誤ればそれは直に経営悪化そして倒産という問題までになるのではないでしょうか?
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